書くことでストレス発散してる

過去の恋愛のおもひでを語る

ひと秋の青春

季節は秋。22歳と10ヶ月。

バイクに乗せてもらえるから、という理由だけで会うなんてほんとに馬鹿だよなあ。しかもこんな歳になってもまだマッチングアプリやってんのかよ。阿呆だよなあ。なんて考えながら、最寄り駅の反対側出口で彼を待つ。


「赤いバイクで大阪ナンバーね」


携帯の通知音と共にメッセージが目に飛び込む。慌てて辺りを見回すとバイクがあった。緊張はしてない。人生なんとかなるかって思ってるし、話してた感じヤバい人ではなさそうだったし。そんなことより私はバイクに乗れることにわくわくしている。なんか私の中のバイクのイメージって、夜明け前海岸沿い走って二つ上ぐらいのもうすぐ遠くの大学に進学してしまう先輩の後ろに乗っけてもらうイメージなんだよね。私、一応22なんだけど耐えてる?

彼と目が合う。


「はい、これヘルメットね」
「ありがとう」


マッチングアプリでの最初の出会いで「はじめまして」なんて言う人この世にいるのだろうか?当たり前のようにヘルメットを渡され、人生で初めてそれを被る。


「うしろ、座って。左側は熱いから気をつけてね」
「うん、分かった」


初めてのバイク。大型なんて触ったこともない。後ろの席ってこんな感じなのか、意外といけんじゃんと思ったのも束の間、彼はエンジンをかけた。私たちは40km/hのスピードで進み出し、江ノ島へ向かう。

バイクでの会話は話しにくい。風で相手の声が聞こえないし、私も話しにくい。でも初めましての人と顔向かい合わせで話すの恥ずかしいし少しは気が楽だな、なんて思いながら彼の背中を掴む。


「仕事どう?」
「まだ慣れてないけど楽しいよ」
「いいよね、前も言ったけど俺その業界に勤めてる人と結婚したいって思ってたんだよね」
「福利厚生目当てでしょ笑」
「そうそう笑」


バイクに乗っているという非日常の空間ではくだらない会話がいつもの何倍も楽しく感じられるのは、何故だろう。私たちの会話はご飯屋さんで会って話すだけの会話だったら絶対つまんなかっただろうなって思うけれど、バイクに乗りながらだと楽しいなって感じる。


江ノ島まで2時間かかるけど、いいよな?」
「平気。夕日がちょうどきれいかもね」
「雨降らない?」
「私晴れ女だし」
「俺も晴れ男だ。なら大丈夫だな」


私調べだが、晴れ男を自称する男に悪い人はいない。何故かこういう小さな会話で安心感を覚えてしまうのは相手のことを全く知らないからだろう。

丁度江ノ島まであと半分となって、途中でコンビニに寄ることにした。
ヘルメットを外す。彼が私の顔をじろじろと見てきた。


「なに?」
「自称可愛いの顔を見ておこうと思って」


そういえば会う前のやりとりで可愛い?と聞かれていた。そして私は、自分で言うけど可愛いと思うよ、と返していた。自分の顔には自信があったが、そこまで急にジロジロと見られると不安になる。


「可愛くない?」
「可愛いんじゃね」
「うざ笑」


なにその返し方、と思ってしまってぶっきらぼうに答えてしまった。一種の照れ隠しである。タバコを吸い終わった彼の背中を再び掴み、江ノ島に向かう。ちょっとずつ彼との距離が縮んでいくのがなんだか可笑しくて、親の許可なしでバイクに乗っていること、誰にも内緒で今日遊びに来ていること、今日知り合った人と知らない土地でコーヒーを飲んだこと、全部がなんだか可笑しくて、ああ私大人になったな、なんて思いながら背中に隠れてにやけてしまった。


ちょうど夕暮れに江ノ島に着いて、ふらっと散歩した。砂浜に行って波の音と秋の風を感じながら彼の一歩前を歩く。途中、彼の指が触れた気がした。手を繋ごうとしたのかもしれない。お高くまとってるつもりはさらさらないが、好きでもない人とこんなロマンチックな所で手を繋ぐなどという高尚な行為はしたくない。ときめくものは本当にときめきたいと思った人と然るべき時に取るからこそ価値のあるものなのだ。

砂浜で落書きをする。彼の名前を書いた。


筆記体。上手じゃない?」
「俺も書けるよ」


彼の書く字は綺麗だった。人に教える仕事をしているらしく、字を書く機会が人より多いらしい。


「字、綺麗だね」
「まあ職業上、汚かったなら嫌でしょ笑 そっちも綺麗じゃん」
「まあ一応習字やってたからね」
「それは叶わないわ」



まったりした雰囲気に包まれながらどうでもいいことを話す会話が一番好きだ。特に深い話に触れることもせず、浅い会話を楽しむことは一瞬の出会いだけだと割り切っているからだろう。


一通り江ノ島を堪能して、またバイクに乗る。


「さすがにもう慣れた?」
「うん、慣れた」
「じゃあ少し飛ばすね」


そう言うと私たちはさっきよりも少しだけ早く風を切っていく。秋の風が本当に気持ちいい。天気も丁度良くて冷たいけれど涼しいような、少し肌寒くなりそうな、季節の変わり目というような、エモいという言葉が相応しいのか分からないけれど、そんな気温だった。

住宅街を通ると金木犀の香りがした。


金木犀だね」
「あーこれ、金木犀か。いい匂いだな」
「うん。秋の季節だけっていうのが好き」
「俺も好きだな。この匂い」


私はバイクの後ろで感じる金木犀の匂いも、彼の背中から感じる少し汗ばんだ匂いも全部忘れないだろうなと思った。


後日、彼からラインが来た。


金木犀の香水買った」


不覚にも笑ってしまった。

また彼とは会うかもしれない。